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日々過ごしている日常は、実は奇跡の連続である(パクリ) ~ ますたあよーだのヴァーリ・トゥード日記!
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胸糞悪い話しか耳に入ってこないので、口直しに夏らしく妖怪の話でも。

この「妖怪」というのは、恐らく外国語に訳すのが難しい言葉のひとつだと思っている。

西洋で言えば「妖精」あたりが近いかもしれないが、そのものではない。

幽霊ではないので(それに近いものもあるが)、厳密には心霊現象とも違う。

基本的には恐れられるものだが、どこかユーモアを感じさせるものもいる。

柳田國男が「零落した神」と言っているように、どこかしら『崇め奉るべきもの』というイメージがあるのは確かだ。

それは古代神道から連綿と続く、自然を畏れ敬う日本人の感性が生み出したものともいうべきか。

思えば江戸時代まで、夜は「暗い」ものだった。

昭和の初め頃まではそれほど事情は変わらず、電気の通っていない田舎では夜にランプを灯しても、部屋の一角には必ず暗がりが生じたという。

そのような場所があったからこそ、妖怪たちが存在を許されたのだと思う。

想像力豊かなご先祖様たちは、そこに人知を超えた「物の怪」をはっきり感じていたのだ。

悲しいかな、戦後、電気による煌々とした明りは、それら妖怪を部屋から駆逐してしまった。

否、部屋どころか街灯、ネオン、コンビニの明りなどにより、街中からさえも駆逐してしまった。

妖怪たちが存在を許されない社会というのは、人間にとって幸せなのだろうか?


・お前らの県の妖怪代表が決まったぞ
     ↑
確かに「なまはげ」は神様なんですが、前に述べたように、妖怪は「零落した神」という側面もあるので、必ずしも間違っているとは言い切れないような。
(この説に対しては、もちろん反対意見もあります。小松和彦など。)


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連休中なので(僕は違うけど)、たまにはこんな話題も。

・【画像あり】新説!!恐竜は水中で生活していた!?尻尾は泳ぐため??


恐竜の推定体重が正しいとすると、現在の地球の重力では、体を支えるだけでも体重の86%が筋肉でなければいけない、とする計算があります。
(つまり、恐竜の存在そのものが有り得ないということ)

そこで、上記のスレでも言及されていますが、地球膨張論というトンデモ仮説が出てきます。

詳細は省きますが、地球は誕生時よりコアにおける常温核融合により、新物質を発生させて膨張している。
ゆえに、恐竜が生きていた時代は地球はかなり小さく、重力も弱かったので恐竜は生存出来たといいます。

考え方そのものは20世紀初頭にすでにあったものですが、もちろん現在のアカデミズムでは否定されています。

もっとも、トンデモ仮説ではあっても、完璧に否定されたわけではないので(実際、支持する学者もいる)、それがまたロマンというか、興味をそそるわけですね。

僕はこのような異端の仮説が大好きで、例えその時代に99%否定されようが、1%の可能性があれば後の世で正しさが証明されるかもしれない、なんて妄想を抱くわけです。


タイムスクープハンターでもやってたけど、江戸時代の終わり頃から「妖怪のミイラ」作りが盛んになって、輸出産業にまでなっちゃっているのね。

日本人は昔から手先が器用で、なぜかこんな方面で能力を発揮する。

今でも地方の古い神社やお寺に、「鬼の手のミイラ」とか、「人魚のミイラ」とか祀られているけど、たいていはこの頃に作られたものだと思われ。

レントゲン撮影とかして完全にニセ物だと分かっているものもあるけど、それでもちゃんとご神体として祀られている。

要は、実体は何か、なんてのはあまり関係ないのだよね。

妖怪とか怪異の類は、人間がそれを許容する心の広さがあって初めて存在を許されるのではなかろうか。

「妖しいモノ」が存在することを許されない社会というのは、人間もまた不幸な社会だと思うのだ。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

PCで、何か特化した作業をするとかでなければ、そんな感じでよろしいのではないでしょうか?

PCと書類等、同じ机で作業するなら、コードが邪魔にならないコードレスの無線マウスを使うのもいいかも。


意外と「クトゥルー神話」を知らない人が多い? (´・ω・`)

いや、僕もそんなに読んでないけど、面白いっすよ。

もともと「オープンソース」的な感じで出来上がった神話体系ですから、小説以外でも派生作品がたくさんあります。

漫画では、矢野健太郎の「邪神伝説シリーズ」が好きだったなあ。

 



いきなり小説版からは・・・という人には、入門書的なものとしていいかも。
(結構昔の作品なので、絶版になってるかもしれません。悪しからず)

矢野健太郎は、確かラヴクラフトを特集した『別冊ムー』でもイラストを描いていたはず。

持っているのは確かなんだけど、ちょっと探しても見つからないので写真はUPしません。
(というか全部ひっくり返さないと見つかりそうにない)(^ω^;)



あ、それと、ニコ動に「ニャル子さん」のクトゥルーネタの解説ありましたので、元ネタがわかりにくかった人は、ご参考まで。




で、地上波初放送ということで「SPACE BATTLESHIP ヤマト」を見たわけである。

言わずもがな、その後のアニメに多大な影響を与えたエポックメイキングな作品の実写版映画だ。

映画公開時は世間で微妙な反応であったが、チラッと観たPVの戦闘シーンは良さげではあった。

このように有名な作品だと、どうしても原作信者が不満を述べるので低く評価されがちである。

これだって、それほどひどい出来であるはずはない。

あるはずはない・・・・
ない・・・・・

・・・・・・・うーん。(^ω^;)


いやね、CGはそこそこ頑張ってると思うんだ。

ただ、人間ドラマの部分がね、何というか、学芸会というか、コントというか、緊張感が全く伝わって来ないのね。

何が悪いんだろう。

前にも何回も言っているけど、実写SF作品の場合、少なくとも主要人物においては有名役者を使うべきではない。

もちろん例外はあるけどね。
日本ではここらへんの感覚が、よく理解されていないのではなかろうか。

SFは非日常の物語なのに、TVでよく観る役者が出てきたら、それだけで興ざめというか、バラエティのコントにしか見えなくなる。

これが例えば洋画だったら、ある程度名の知れた役者であっても、「外国人=非日常」という意識が働いて、それほど気にならない。

ましてや今回は「何を演じてもキムタク」という定評のある人が主役である。
本当に「スマスマ」のコントコーナーみたいな錯覚に陥った。

本来ならば、青二才の古代進が成長していく話なのに、最初から態度デカいし(笑)。

森雪も戦闘機乗ってるし、あんな奴じゃないよなあ。


あともうひとつ、SFとして致命的なのは、ディティールが粗すぎる事。

「デカいウソをつく為に、細かい所は徹底的にリアルに」というSFの大原則の真逆をいっているんだもの。

どう考えても科学考証してないだろう、という数々の場面。(宇宙空間における音は、娯楽作品なので「効果音」ということで許す)

CGに比べていかにも安っぽい艦内のセット・小道具。

致命的なのは内部のセットも船の外観も新品のピカピカだという事。
なぜウェザリングしないのか。

「スターウォーズ」が35年も前にやったことが、なぜ出来ないのか?

脚本は1stに「2」とか「さらば」とか色々混ざった感じだったが、時間に制限がある映画としては、致し方ないか。

まあ、こんなに愚痴っぽくなってるのは、それだけ期待していたからでもあるし。

でも実際のところ、金払って映画館で観なくてよかったというのが本音w

明日は同じヤマトでもアニメの方の話をする。


・M7級首都直下地震、4年内70%…東大地震研


とりあえず人口地震のような陰謀史観は置いといて、結局、今のところ地震の直近の予知は不可能、という事は分かっているわけで。

宏観現象のような古くからの経験則で「もしかしたら」と思っても、当たるか外れるかは分らない。(宏観現象についてはこちらを参照)

地震予知の場合は、100%に近いぐらいの確率で予知出来ないと、外れた場合に社会的影響が大き過ぎる。

善意で予知したものを発表したとしても(実際、今までもそのような人はいたけど)、外れたらウソつき呼ばわりされて社会的信用を失うだけである。

そもそも一番怖いのは、それが元になってデマが飛び交うことだ。

デマが拡散すれば、いとも簡単に社会不安を引き起こす事が出来る。

不作為のみならず、ある目的を持った集団が人為的にデマを拡散させる可能性だってあるだろう。


ならば、地震国に生まれた以上、逆に地震と上手に共生するしかないのではないか。

「大地震はいつかは必ず起きる」というのはほぼ確定なのだから、普段もそれを前提に暮らしていくべきだ。

いつ地震が起きても被害を最小限にする為の備えを、最悪の事態を想定した備えを、常に官民とも怠らないことだ。

国民全員がそのような意識を保つのは難しいかもしれないが、啓蒙次第で不可能ではないと思う。

日本に住んでいるのだから、生きている間に大地震に遭わなかったらラッキー、という程度に思っていればよいのかも。


【関連】

・【緊急】友達が予知夢をみた

・【カラス】1月25日の大地震予知が笑えなくなってきた件【大移動】

・明日、日本でオーロラが見れるらしいぞ・・・ 地震は大丈夫か?

まあ、全部ネタで終わると思うんですが・・・。
真偽はともかく、常に準備を怠らなければよいわけで。


ご存知の方もいるかもしれませんが、昨年末に有名なイラストレーターの方が亡くなられています。

・ムーの表紙を描き続けて30年 12月に急逝したイラストレーター安久津和巳氏の遺作を公開


僕は今月号の巻末に載っていたご逝去の報で知りました。

創刊号から最初の方の表紙は生頼範義さんだったんですが、安久津さんのイラストがやっぱり一番合っていましたね。

心よりご冥福をお祈り致します。



ちなみに、昔「ムー」にオウムの麻原の記事が載っていたことがあったのは事実だけど、決して宣伝などしていません。
あたかも宣伝してたような噂は悪質なデマ。

逆に、少しでも変な噂が流れた人物は、連載持っていてもいきなり切りますよ。

矛盾した言い方ですが、極めて「健全なオカルト雑誌」なんです。

一時期、似たようなオカルト雑誌が複数ありましたが、結局この雑誌だけが残っているのは偶然ではないのです。


20年ぐらい前でしょうか。
この手のオカルト雑誌の文通欄に「異変」が生じたことがありました。

『前世で私と一緒に戦った戦士の方、連絡下さい』
『前世の記憶で○○という言葉に反応する方、ご連絡を』
などなど、精神病院から投稿してるんじゃないか、と思える投稿が殺到したのです。

今から思えば、確かに当時流行していた「幻魔大戦」や「ぼくの地球を守って」という漫画の影響でしょうね。

で、その手の投稿が毎月殺到するものだから、ムーの編集部はその手の投稿を一切掲載しない事にしたそうです。

他の雑誌は(恐らく読者離れが怖かったのでしょう)規制しなかった為に、読者欄が基地外の社交場と化していました(笑)。

それからほどなく、次々に廃刊となってしまったわけですが。

「ムー」の良い所は(悪いところでもあるが)、エンタメとしてのライトオカルトに徹していることですね。

読者もそれを理解して楽しんでいるスタンスです。

ディープなオカルティストは「たま」でも読んでいればよいわけで。

ただひとつ、これは商業誌の宿命で致し方無い事ではあるのですが、怪しげなオカルトグッズの広告は何とかならんものかといつも思っています。

判断力の無い未成年も読んでいるのだから・・・・
と、アンケートで意見した事もあります。

似たような事を思っていた人も多かったとみえて、さすがに最近は、半裸の男が水着女性と札束に囲まれて笑っているような下品な広告は無くなりましたが。

まあ、よく考えたらオカルト(隠された叡知)なんだから、あんまり世間、というか表に出てきちゃいけないんですよね(笑)。

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まあ何つうか、どういう人間かとか、どんな趣味か、とかは毎日読んで頂ければ分ると思いますです。w
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